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静岡地方裁判所 昭和27年(ヨ)126号 判決 1953年5月07日

申請人 稲葉勳 外四名

被申請人 富士川製紙株式会社

主文

被申請人会社が申請人大野稔に対し昭和二十七年五月五日申請人稲葉勲に対し同年六月二日、申請人井出哲雄同池谷岩夫に対し同年六月七日、申請人鈴木隆に対し同年七月三十一日夫々なした解雇の意思表示の効力はいずれも本案判決確定に至るまでこれを停止する。

被申請人会社は本案判決確定に至るまで申請人等五名を従前の地位ある従業員として待遇しなければならない。

申請費用は被申請会社の負担とする。

(無保証)

事実

一、請求の趣旨並びに原因の要旨

申請人等は主文第一、二項同旨の裁判を求め、その申請の理由として被申請人会社は肩書地に本店並びに工場を有する株式会社であつて資本金壱百万円、主として煙草の巻紙及び裏紙の製造販売を業となし前記工場に於て百七十余名の従業員を擁しているものである。

申請人稲葉は昭和二十三年七月中より被申請人会社に従業員として雇傭され爾来誠実勤勉に被申請人会社の業務に従事し来たり後記解雇の意思表示を受けた当時は前記工場の製造部第二課長の職にあつたもの

申請人井出は昭和十八年十月一日より被申請人会社に従業員として雇傭せられ爾来誠実勤勉に業務に従事しきたり後記解雇の意思表示を受けた当時は前記工場の製造部抄紙課組長の職にあつたもの

申請人池谷は昭和二十二年三月三十一日より被申請人会社に従業員として雇傭せられ、爾来誠実勤勉に業務に従事しきたり後記解雇の意思表示を受けた当時前記工場の製造部抄紙課組長の職にあつたもの

申請人大野は昭和十三年より被申請人会社の従業員として雇傭せられ応召の為め一時職を離れたが終戦後復職し爾来誠実勤勉に業務に従事し後記解雇の意思表示を受けた当時前記工場製造部原料課組長の職にあつたもの

申請人鈴木は昭和二十年四月一日より被申請人会社に従業員として雇傭せられ爾来誠実勤勉に業務に従事しきたり後記解雇の意思表示を受けた当時前記工場の製造部抄紙課組長の職にあつたものである。

ところが被申請人会社は申請人等五名に対し夫々申請趣旨記載の日時に突如として解雇する旨の意思表示を一方的に通告して来た、しかしながら申請人等には被申請人会社が解雇の事由として主張する如き行為をなしたことはない、又仮りにその主張の如き行為があつたとしても右主張事実は懲戒解雇に該当するものではないから本件解雇はいずれも無効である。

申請人稲葉は前記就職の日より勤勉に業務に従事し来たつた為以前は統計課長をなしていたところ製造部第二課長であつた申請外井出秀雄の一ケ年以上の休職により社命によつて第二課長の地位についたものである。右井出秀雄は昭和二十七年四月中旬頃より再び出勤する様になつたが当時は半日勤務の程度で職務に耐え得る状態ではなかつた且つ申請人稲葉は第二課長たるべく被申請人会社に雇傭せられたのではないから被申請人会社が当初申請人稲葉に対して表示した解雇の理由である井出秀雄の復職による職場の喪失は右申請人を解雇する正当な理由とはなり難い。又本事件に於て被申請人会社の主張する解雇理由たる課長事務室に入室したこと及び固り穴検査表の作成の懈怠の如き事実が仮令あつたとしても課長が課長事務室に於て部下と連絡をなすことは当然であるから職場離脱とはならないし、又検査表の作成については右稲葉は何等告知されていなかつたものであるから職務の懈怠ではない。従つて右はいずれも解雇の正当理由たり得ない。

申請人井出は前記就職以来職務に熱中し抄紙課長としては社内有数の者であり責任感の旺盛なことは社内衆知の事実である申請人池谷も前記就職以来誠実に勤務し職務に精励の故を以つて被申請人会社に於て表彰されたことがある程である。申請人大野は前記の通り一旦就職後中途応召の為退職したが、復員後再び復職し爾来熱心に業務に従事していたもので職務命令に違反したことはなく又被申請人会社が解雇理由とした暴力行為の如きは全く事実無根である。申請人鈴木は前記就職の時より業務に誠実に従ひ常に技術の向上を志し青年層の衆望を担い責任感旺盛なものであり、いずれも解雇さるべき理由はない。

思うに被申請人会社が申請人等五名を解雇した真の理由は左記事実によるものと推測される、即ち

被申請人会社専務取締役井上俊夫及び常務取締役井上精一両名は当時社長であつた父亡井上啓作と共謀の上旧王子製紙株式会社が持株整理委員会より持株会社として指定せられ、右王子製紙株式会社所有の被申請人会社の持株が持株整理委員会に一旦譲渡せられ結局同委員会は右株式を被申請人会社の従業員(申請人等を含む)等百数十名に優先的に配分譲渡する方針であるを知り右株式全部を獲得しようとし持株整理委員会より右趣旨の通知のあつたことを従業員に秘して自己等の縁故者及び従業員一部の者の氏名及び認印を冒用して之等の者が右株式の譲受を申込む旨の文書を作成し右株式全部を前記縁故者及び右従業員名義を以つて買受け更に右縁故者従業員の偽造認印を使用して右株式の名義書換をなし右株式全部を結局自己等の所有にしたのでこれを知つた申請人鈴木を除く四名の申請人等は従業員全員を代表して右井上俊夫及び井上精一に屡々交渉し右株式を従業員全部に公開配分すべき旨を求めたが何等誠意を示さないので遂に静岡地方検察庁に昭和二十六年十一月十二日告発を昭和二十七年四月十七日告訴をなすに至つたのである。申請人等の右の行動は従業員全体の利益を擁護し会社首脳役員の不正を是正し正道につかしめんとする正義心の要求に基くものであるに不拘前記両名は申請人等右四名及びこれと志を一つにした従業員を憎み無理に解雇せんとしたものであつて申請人等には何等適法に解雇せられなければならない理由はないのである。

従つて右解雇はいずれも無効である。解雇の理由が正当でないことは解雇を通告せられた時と離職票記載の解雇事由及び本申請事件に於ける被申請人会社の主張とが異つていることからも明らかである。

尚被申請人会社は申請人等が夫々給料手当失業保険票及び退職金を受領したから解雇を承諾したものであると主張するけれども申請人等はこれを受領したのではなく被申請人会社より送附してきたものを預りおるに過ぎないものである。

二、仮処分の必要性につき申請人等の主張の要旨

申請人等は前記解雇の意思表示無効確認の本案訴訟を提起すべく準備中であるがいずれも賃金を得ることによつて辛うじて生計を維持している労働者であるので本案訴訟の確定を待つていては到底回復することのできない損害を蒙るものである。

と述べた。

三、被申請人会社の答弁の要旨

申請人等の本件申請はいずれもこれを却下する、申請費用は申請人等の負担とする、との旨の裁判を求め、答弁として

被申請人会社の資本金、業務内容、申請人等の解雇当時の職務及び解雇通知をなした日時が夫々申請人主張の通りであることは認める、しかし右解雇は正当の理由に基くもので有効である。

(1)  被申請人会社は日本専売公社を最も重要な製品納入先としてその煙草の巻紙、裏紙の製造販売をなしているのであるから普通の印刷紙板紙その他の用紙類の製造と異り僅少なる用紙の厚薄、一点の固り、僅かの穴、皺等も直ちに煙草の巻紙として使用に支障を生じ従つて専売公社側の用紙収納上の検査は厳重を極め微少な瑕疵も直ちに不良品として返品を命ぜられ製品としての価値を喪失する事情にある従つて被申請人会社としては工場の機構職場の組織特に作業規律、就業態度に関しては特別な正確さ、緻密さを要求されているものである。

ところが被申請人会社としては近来不良品続出の傾向を生じたためその対策に苦慮し職場規律を重視し特に就業時間中所定位置よりの離脱或は雑談仮睡の如きを厳禁し、特に昭和二十七年一月仕事始めに際して社長より年頭の訓示として職場規律の確立定位置よりの離脱の厳禁が強調せられ課長と雖も休憩時間以外は絶対に課長事務室に入ることを禁じた。然るに

(A)  申請人稲葉は別紙違反表該当欄の通り昭和二十七年一月以降も社長の訓示に反し前後二十八回に亘つて製造部室(課長事務室)に勤務時間中に入り部下と対談をなした外、同年四月被申請人会社に於て不良製品防止の為め「固り穴検査表」の作成を課長たる同申請人に命じたに拘らず右申請人のみはこれに従はず職場の秩序を紊し

(B)  申請人井出は別紙違反表該当欄の通り昭和二十六年十二月一日以降就業時間中職場離脱三十九回仮眠四回その他三回の違反を敢てなして職場の秩序を紊し

(C)  申請人池谷は別紙違反表該当欄の通り昭和二十六年十二月一日以降就業時間中職場離脱三十回仮眠超過四回所定外喫煙二回全員一ケ所集合四回机に俯して居眠五回時間外入浴一回、損紙の上に座して休憩五回その他三回合計五十四回の違反をなして職場の秩序を紊し

(D)  申請人大野は別紙違反表該当欄の通り昭和二十六年十二月一日以降就業時間中居眠八回、職場離脱二十回、腰掛に横臥休憩三回の外昭和二十七年五月二日の就業時間中職場内に於て電気課長太田政治に対しハンマーを振り上げて暴行を加えんとする如き不法の行動に出て、職場の秩序を紊すと共に他人に対し暴行脅迫を加えたものである。

(E)  申請人鈴木は別紙違反表該当欄の通り昭和二十六年十二月一日以降就業時間中職場離脱十八回、全員一ケ所集合十五回、所定外喫煙七回、時間外入浴三回、居眠二回其の他一回合計四十七回の違反をなし、職場の秩序を紊した外特に昭和二十七年七月一日は、申請外斎藤英一と共に、突然無断欠勤をなし、会社はその為非番員を呼出す等作業上著しき支障を生ぜしめて損害を与え

たものであつていずれも被申請人会社の就業規則第七十四条第三号乃至第五号に記載する事由に該当し正に懲戒解雇をなさるべき事情にあつたものである、従つて本件解雇はいずれも正当の事由のあるものである。

申請人等は解雇の事由が変更されたことから見ても正当の理由がないことが明かであると主張するが被申請人会社としては申請人等の離職後再就職の便宜を考え本来懲戒解雇に附すべき事由あるに拘らず任意退職の形をとることとなしたところ任意退職では失業保険金の受領に不便だとの申出によつて形式上離職票にE項該当と記載したもので解雇の事由は終始一貫懲戒解雇事由に該当しているものであることを理由としたものである。

(2)  申請人等は更に被申請人会社の本件解雇を諒承し解雇当時全申請人共予告手当給料、離職票を全部受領したものであつて今更本件申請に及ぶことは何等理由のないところである。

(3)  申請人等において仮処分を求める必要性はない。

元来申請人等のかゝる請求が仮処分を以てなさるることは仮処分制度本来の目的の範囲を逸脱するものであると信ずるものであるが、尚

(A)  申請人稲葉は失業保険に加入しているので退職後一ケ月分の給料相当額の予告手当の他に六ケ月に亘り給料の六〇%即ち月額一万八百四十九円の支給が得られ別に金三万四千四百六十六円の退職金を受領しておりその財産も不動産として田四畝十歩畑一町九畝二十三歩、宅地二十二坪七合五勺山林一町二反九畝、住宅木造瓦葺平屋建二十二坪七合五勺その他動産相当を有して家族五人の生活は安定している

(B)  申請人井出は既に給料一ケ月分相当額の予告手当を受領し更に給料の六〇%に当る金一万三千一百九十八円の失業保険金を六ケ月に亘つて毎月支給し得られる外不動産として畑一畝九歩、宅地四十一坪五合、住宅木造木皮葺平屋建(資産税評価額十六万七千七百円)を所有し家族六名にて別に農業に従事しており

(C)  申請人池谷は既に給料一ケ月分相当額の予告手当を支給せられ更に給料の六〇%に当る金九千七百七十七円の失業保険金を六ケ月に亘つて毎月支給し得られる外本人は父母の許に同居し父は土木請負業を営み木造瓦葺二階建建坪三十六坪五合の住宅並に動産相当額を有し生活は安定しており

(D)  申請人大野は既に給料一ケ月分相当額の予告手当を支給せられ更に給料の六〇%に当る金一万二千二百十七円の失業保険金を毎月支給し得られる外家族五人にして住宅木造平屋建十六坪二合五勺(資産税評価額二十二万八千六百円)を有する状況であり

(E)  申請人鈴木は既に給料一ケ月分相当額の予告手当を支給せられ更に給料の六〇%に当る金五千六百八十四円の失業保険金を六ケ月に亘つて毎月支給せられる尚本人は実兄勇の許に同居し実兄は富士町消防団副団長を務め宅地五十四坪畑四畝五歩木造瓦葺二階建一階二十九坪二合五勺二階十七坪五合その他物置等を所有し生活は安定し

いずれも本案訴訟確定を待つていては到底回復すべからざる損害を蒙ると言う事情にはないから仮処分の必要性はないものである。更に申請人等の職務怠慢は従業員等をして「正直者は馬鹿をみる」と言う風潮を醸成している外無思慮な少年工又は成績不良の者を煽動して会社を非難せしめ一般従業員の勤労意慾を減退せしめているので申請人等が本件仮処分により職場に復帰した場合は年間数百万円乃至数千万円の損害を蒙るのであるから本件仮処分の申請は失当である。

と述べた。

四、証拠関係

<省略>

理由

被申請人会社は肩書地に本店及び工場を有し資本金金壱百万円従業員百七十余名を有し、煙草の巻紙及び裏紙の製造及び販売を主たる目的とする株式会社で、その製品の大部分はこれを日本専売公社に納入しているもの、申請人稲葉勲は昭和二十三年七月以降、申請人井出哲雄は昭和十八年十月以降、申請人池谷岩夫は昭和二十二年三月三十一日以降、申請人大野稔は昭和十三年以降(但し一時応召の為離職し復員後再就職)申請人鈴木隆は昭和二十年四月以降夫々被申請人会社に雇傭せられていたものであるところ、申請人稲葉は製造部第二課長の職にあつた昭和二十七年六月三日に、申請人井出、同池谷は夫々製造部抄紙課組長の職にあつた昭和二十七年六月七日に、申請人大野は製造部原料課組長の職にあつた昭和二十七年五月五日に、申請人鈴木は製造部抄紙課組長の職にあつた昭和二十七年七月三十一日にいずれも被申請人会社より解雇をなすべき旨の通知を受けたことは各当事者間に争のないところであり、それ以後申請人等が就業を拒否され従業員としての待遇を受けていないてとは弁論の全趣旨に徴し明かなところである。

ところで申請人等はいずれも本件解雇は解雇をなすべき正当の事由がなく無効のものであると主張し、被申請人会社は申請人稲葉、同井出、同池谷はいずれも同会社の就業規則第七十四条第四号に申請人大野は同条第三号及び第四号に申請人鈴木は同条第四号及び第五号に夫々規定せられた懲戒解雇事由に該当する行為があり従つて本来懲戒解雇に附さるべきものであるが、特に申請人等の利益を考慮して予告手当を支給して形式上通常解雇の形式を取つたものであるが本件解雇はいずれも懲戒解雇として正当事由ありと主張するので申請人等が果して右懲戒解雇事由に該当する者であるか否かにつき判断する。

成立に争なき甲第二号証によれば被申請人会社の就業規則には従業員に対する懲戒処分として譴責、減給、出勤停止及び懲戒解雇の四種が規定せられ右懲戒解雇に処する場合としてその第七十四条に一、正当な理由なしにしばしば無断欠勤一ケ月延べ十四日以上に及んだとき、二、正当な理由なしにしばしば遅刻早退又は欠勤したとき、三、他人に対し暴行脅迫を加え、又はその業務を妨害したとき、四、職務上の指示命令に従わず職場の秩序を紊したり紊そうとしたとき、五、故意又は重大な過失によつて会社に損害を与えたとき等十三項目に亘り懲戒事由を定めているが、之と同規則第七十一条同第七十二条同第七十三条(譴責、減給の場合)と比較対照すれば右第七十四条各号所定の事由は情状の重きものを列挙したものであり、且つ、右各号の該当事由ある場合に於ても同条但書に「但し情状によつては出勤停止又は減給に止めることがある」とある立言の趣旨から見て懲戒解雇は殆んど職場復帰に堪えない違反を犯し情状極めて重き者に対する処分であることを窺知し得る。

ところで被申請人会社は

(一)  申請人稲葉に付き先づ別紙違反表該当欄記載の行為があり、これが右第七十四条第四号に該当すると主張し、その趣旨は要するに右申請人が職務上の指示命令に反して課長事務室に入室し他人と面談していた事を以て職場離脱となし懲戒解雇に値するとなすわけである。そこで証人小川栄次郎の証言によれば申請人稲葉が執務時間中しばしば課長事務室に入室していたこと及び他人と対談していたことを一応窺知することができるけれども警備員において注意したとの点については信用し難く又同人が製造部第二課長として事務室において勤務の必要あること又他の職場との連絡上他人と対談する必要あることは容易に推測しうるところであるから、前記の事実を把えてすべて故なく職場を離れていたものとなすのは根拠なき独断たるを免れない。更に成立に争ない乙第一号証の各証証人井上喜一同時田勇同岩田松太郎の各証言を綜合すれば被申請人会社社長が昭和二十七年一月の仕事初めに際し、全従業員を前にして社業の刷新を計るため現場係員は間断なく機械の状況を見廻らなければならない。課長と雖も必要のない場合は休憩時間以外は製造部室(課長事務室)に入つてはならない旨の訓示をなしたことを疎明するに足りるけれどもそれ以外に申請人稲葉が右課長事務室に出入することにつき直接上司より何等かの注意を受けたことについては被申請人提出の全疎明をもつてしても未だ之をみとめ難い。

ところで右第四号記載の「職務上の指示命令」とは同第七十三条第三号記載の「勤務怠慢」又は「屡々規則に違反し」又は「会社の風紀秩序を紊した」場合に減給に処する旨の懲戒限度と対比してみれば前者は情状の重き個別的命令違反を指すものと解すべきところ前記課長事務室の入室禁止は年頭の訓示たる性質より推考すれば特段の事情のない限り右訓示は各製造部課長に対する個別的な指示命令とは到底解し難く寧ろ昭和二十七年度に於ては課長の職にあるものは須らく現場に於て陣頭指揮をなすべきことを要望したる趣旨と解するを相当とする。従つて申請人稲葉に於て仮令不必要に休憩時間以外右訓示に反し課長事務室に入室したとしても同規則第七十三条第三号に該当するか否かは別として少くとも右第七十四条第四号違反として同人を懲戒解雇に処すということは酷に失するものと言わなければならない。仮りに第七十三条第三号違反行為であつてもこれを反覆累行する場合は第七十四条第四号に該当すると主張する趣旨としても同条第十号は明らかに「数回懲戒訓戒を受けたにも拘らず尚改悛の見込なき」とき始めてその情状を考慮して懲戒解雇をなし得る旨を定めているのであるからかかる場合少くとも上司に於て申請人稲葉に対し戒告を加えた後でなければならないものと解せられる。然るにこの点につき被申請人会社の全疏明資料を以つても戒告を加へたことを認めるに足る疎明はない。次に証人大嶽祐三の証言によりその成立の認められる乙第四号証並びに同証人の証言を綜合すれば稲葉は紙の固り穴検査表作成資料である日報を検査表作成開始の昭和二十七年二月以降四月中旬迄提出しなかつたことを窺い得られるがこれ又如何なる上司より何日その検査表作成資料たる日報の提出方を命ぜられたかの点についてはこれを認むるに足る何等の疎明なく、尚かゝる継続的業務であるに拘らず稲葉に対する上司の忠告又は戒告の点につきこれを認めるに足る疎明がなく却つて申請人稲葉本人尋問の結果によると被申請人会社はむしろ同人に対し提出方を促さず之を放置していたことを推認することができる。然りとすれば申請人稲葉については被申請人会社の主張するような懲戒解雇事由はないものと断ぜざるを得ない。

(二)  次に申請人井出及び申請人池谷につき夫々別紙違反表該当欄記載の如き行為がありこれが夫々右七十四条第四号に該当すると主張するので考えるに、前記証人小川栄次郎の証言によれば申請人井出に別紙違反表記載のような行為のあつた事実を一応疎明するに足るけれども、同人が違反行為につき警備係よりその都度注意を受けたとの点に関する被申請人会社の疎明についてはその真否が疑わしいので信用しないのみならず同人も製造部抄紙課組長として他の職場の者と執務上連絡の必要あることは当然予想されるところであるから同人が執務時間中その職場に居なかつたことのすべてを目して故なく職場を離脱したものと做すのは相当と認め難く、之を窺うに足る疏明もない。

而して前記認定の通り被申請人会社社長が昭和二十七年一月仕事始めに際しその主張の如き趣旨の訓示を全従業員の前に於てなしたことは認め得られるが右訓示が年頭に際して全従業員に対して行われた点、及びその内容が「間断なく機械を注視しなければならない」趣旨である点を綜合すれば右訓示は昭和二十七年度に於ける全従業員の勉励を要望した希望に過ぎず、第七十四条第四号の予想する職務上の指示命令とは到底解し難いものである而して右事実以外、右申請人両名に対し上司より何等かの職務上の指示命令ありたることについては何等の主張も疏明もない然らば申請人井出につき職場離脱(定位置に居らなかつたもの以下同じ)仮眠その他、申請人池谷に於て職場離脱仮眠超過所定外喫煙全員一ケ所集合居眠時間外入浴等の行為が就業規則第七十三条所定の勤務怠慢、規則違反の事項に該当するや否やは暫く措き少くとも就業規則第七十四条第四号にいわゆる職務上の指示命令に違反したとは断じ得ず従つてこの点に関する被申請人会社の主張は認め得ないと云わざるを得ない。

(三)  次に申請人大野につき別紙違反表該当欄記載の如き行為があり右は就業規則第七十四条第四号に該当すると主張するので先ずこの点につき考えるに前記証人小川栄次郎の証言によれば同人に違反表記載の行為のあつたことを一応疎明するに足りるけれども同人も製造部原料組長として他の職場の者と事務上の打合せをなす必要あることは容易に推測出来るところであり申請人大野本人尋問の結果によれば、事務上打合せのため職場を短時間離れたこともあることを窺知しうるから右違反表記載の職場を離れたる行為を以てすべて不法なるものと速断し難きのみならず申請人大野に対する職務上の指示命令として主張されるのは被申請人会社社長の前記年頭訓示のみで他に右指示命令のあつた旨の主張疎明はない。然りとすれば前記申請人井出並びに同池谷の場合と同様社長年頭の訓示のあつたことは認められるも訓示を以つて職務上の指示命令と解するは困難であることは前示の通りであるから申請人大野の前示所為を以て就業規則第七十四条第四号に該当する旨の被申請人会社の主張は維持し難い。更に被申請人会社は大野につき昭和二十七年五月二日その職場である原料調整室に於て電力課長太田政治に対し暴力的行為をなしたのであつて右は就業規則第七十四条第三号に該当すると主張する。証人太田政治、同田辺行雄の証言を綜合すれば昭和二十七年五月二日、太田政治が工場内を巡回して大野の職場である調整ビーター室に至つたとき六番ビーターが停止していたのでその故障が電力スウイツチにあるかそれとも他に原因があるかにつき端を発し当該職場の責任者である大野と口論になり右太田より「電気の事に関して文句があるならば電気学校を出てこい」といわれ、自己の無学を侮られたと感じた大野が憤激して手許にあつた鍛冶用大槌を振り上げ太田政治を威嚇したことが認められる。

右認定に反する申請人大野本人訊問の結果は措信せず同申請人本人訊問の結果その成立の認められる甲第二十四号証甲第二十五号証を以つても未だ右認定を覆すに足らず他にこれを左右すべき疎明はない。そこで右行為が懲戒解雇に値するや否につき考えるに申請人大野に於て太田政治に対し鍛冶用大槌を振り上げ、加害すべき勢を示したことは正に脅迫行為ではあるがその原因に於て被害者太田の側より大野に対する侮辱的言辞を弄し(或は弄したものと誤解される言辞を発し)て大野を挑発したことが窺われ且つ偶発的のものと認められるので右一事を以つて直ちに懲戒解雇に該当するとなすは酷に失すると云わなければならない、従つて申請人大野に対するこの点の被申請人会社の主張も亦認め難いところである。

(四)  次に申請人鈴木については別紙違反表該当欄記載の如き行為があり右は就業規則第七十四条第四号に該当すると主張するので先づこの点につき判断するに前記証人小川栄次郎の証言によれば申請人鈴木に別紙違反表記載の如き所為のあつたことを一応疎明するに足るけれども同申請人本人尋問の結果によれば同人も抄紙課組長として事務の打合のためその職場を離れる必要のあつたことをみとめ得られるから右違反表中の職場を離れたる時間をすべて自己の執務以外のために費したものと做し難く尚申請人鈴木に対する職務上の指示命令として主張されるのは申請人井出、同池谷、同大野と同様被申請人会社社長の年頭の訓示のみで他に右指示命令のあつた旨の主張疎明はない、然りとすれば社長の右訓示が職務上の指示命令と解することの困難なのは前記申請人三名の場合と同断であり従つてこの点についての被申請人会社の主張は認め難いことに帰する。次に被申請人会社は申請人鈴木は昭和二十七年七月一日申請外斎藤英一と共謀して無断欠勤をなし、故意に会社に対して損害を加えたから懲戒解雇事由にあたると主張するのでこの点につき判断すると申請人鈴木本人訊問の結果並びに証人井上精一の証言(不措信部分を除く)を綜合すれば、鈴木は被申請人会社主張の日時に事前に届出なく欠勤をなしたこと。同日斎藤英一も亦何等事前の届出なく欠勤したこと。会社は右無断欠勤により鈴木の代理の労働者を稼働せしめ歩増し賃金を支払つた程度の損害を蒙つたに過ぎないことが認められ、右認定を左右するに足る疎明はない。ところで就業規則第七十三条第一号は明らかに「正当な理由なく屡々無断欠勤をなした」ものに対してもその懲戒方法は減給又は譴責に止る旨を規定している、而して無断欠勤である以上当該労働者の代りに他の労働者を稼働せしめ歩増賃金を支払う程度の損害は既に右七十三条第一号に於て予想されているものと解せざるを得ない。

しかりとすれば申請人鈴木の本件無断欠勤は屡々正当の理由なく行われた場合に於ても尚且つ右七十三条第一号に該当するに過ぎず第七十四条第五号に該当するとの被申請人会社の主張は失当と認むる外はない。

然らば申請人等にはいずれも懲戒解雇事由該当の事実は存在せず被申請人会社の本件解雇はいずれも就業規則の正当な適用を誤つた無効のものと謂わなければならない。

次に被申請人会社は本件解雇が仮令理由のないものとしても申請人等は既に夫々予告手当離職票を受領し、更に申請人稲葉は金三万四千四百円余の退職手当を受領して夫々解雇を承認しているから本件仮処分申請の理由はないと主張するのでこの点につき考究するに、証人岩田松太郎の証言に徴すれば申請人等がいずれも予告手当、離職票を受領したことは認められるが、予告手当の支給は労働基準法第二十条本文に定める解雇をなすに際して賃金の支給を止められる労働者の明日よりの生活保護の為定められた有効要件の一つに過ぎず他の原因により無効となつた解雇を有効ならしめる効力はなく又同条の趣旨よりして予告手当の受領又は離職票の受領自体が労働契約の解約の合意の意思表示であるとか或はこれに伴う紛争について出訴権を抛棄する意思表示であるとは到底解し難い。次に申請人稲葉につき退職金受領したとの点につき判断を進めれば少くとも異議なく退職金を受領する行為は退職届を提出した場合は勿論、提出しない場合に於ても解雇に伴う紛争を清算する意思を推認せしめる行為と解するのが相当である。ところで証人大嶽祐三の証言によりその成立の認められる乙第七号証の二、証人浜野英雄の証言によりその成立の認められる乙第八号証の一、申請人稲葉本人訊問の結果を綜合すれば稲葉は解雇を云渡された昭和二十七年六月三日被申請人会社常務取締役並びに社長より会社の都合により解雇する旨告げられ、同時に辞表を出すべき旨をすすめられたがその理由が納得出来ない旨を告げて拒絶し其の後一週間程して稲葉に送られた離職票の離職事由欄に「一身上の都合による」旨記載してあつたので稲葉は事由が異る故訂正されたい旨を手紙により申し送つたところ、約一ケ月位経て離職事由欄には「自己の責に帰すべき重大な事由による」ものとして送附されたこと、被申請人会社経理課員大嶽祐三が解雇を通告された右六月三日に解雇手当等と共に退職金金三万四千四百七十六円を書留配達証明付郵便にて稲葉宛送附したこと、右書留郵便は稲葉の留守中その家族が受領してそのまゝ返送されなかつたことが認められる。右認定に反する証人井上精一の証言(前記措信部分を除く)は措信せず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。然りとすれば申請人稲葉は解雇を通告された右六月三日明らかに退職金の受領を拒んで居つたものであり更に退職金の郵送を受けて積極的に返送の挙には出なかつたが、解雇事由の訂正を求めることにより尚円満退職を拒絶したことが認められ更にその後に於て被申請人会社側に於て稲葉の解雇事由として自己の責に帰すべき事由を明示したことは会社に於ても稲葉が円満退職を拒絶していることを了知していたものと認めざるを得ない。従つて仮令稲葉に於て郵送せられた退職金を進んで返還しなかつたとしても前記の通り解雇の効力を争う意思が表明されている以上その事実を以つて稲葉が本件解雇を承認したものと認め合意による解約があつたもの又は本件解雇に伴う紛争を終結する意思表示があつたものとは到底認め難い。従つて申請人等に対する被申請人会社の前記主張はいずれも維持し難い。

更に被申請人会社はかゝる請求は仮処分本来の目的を逸脱したものであると抗争するがこの種仮処分は使用者のなした解雇の意思表示によつて作出された状態の進行を阻止し当初から解雇がなかつたと同様の仮の地位を定めんとするもの、すなわち給付遅延による現在の危険をさくるため仮定的満足を実現することを目的とするもので実体的に解雇そのものを無効とするものではないから何等仮処分本来の目的を逸脱するものではなく従つて被申請人の右主張は理由がない。

更に被申請人会社は申請人等にはいずれも仮処分を求むる必要性はない旨弁疏するが、申請人等は被申請人会社に雇傭せられていた労働者であるから特段の事情のない限り本件解雇の告知によつてその収入の途を止絶せられ且つ一旦離職したものが現在他に就職することは容易でない情勢にあることは公知の事実である、而して成立に争なき乙第十八号証の一乃至二十四、乙第十九号証の一乃至三によれば申請人稲葉は田四畝一〇歩畑一町九畝二十三歩山林一町二反九畝歩を所有すること、申請人鈴木につきその兄鈴木勇が田四畝七歩、宅地五十四坪を所有することは夫々認め得られるが小作料金の最高限が法定せられている現在、右事実のみを以つて右両名がその生活を維持すべき収入が被申請人会社より支給せられていた賃金その他の給料以外にあることを認むることは困難であり証人岩田松太郎の証言によりその成立の認められる乙第十一号証を以つても未だ右事実を認めるに足らず他にこれを認むるに足る疎明はない又右両名以外の申請人についても亦同様賃金その他の給料以外によりその生活の資を得らるべき旨の疎明はない、然りとすれば申請人等はいずれも本案判決確定に至るまでその従業員としての身分を保全する必要があるものと云わなければならない。

被申請人会社は申請人等が本件仮処分により職場に復帰する場合は職場の他の職員に影響する結果甚大なる損害を蒙る旨弁疎するがこれを認むるべき疎明はない。

よつて申請人等の本件申請はいずれも理由あるものとして認容すべく、申請費用の負担につき民事訴訟法第八十九条に則り全部被申請人会社をして負担せしむべきものとして主文の通り判決する。

(裁判官 戸塚敬造 田嶋重徳 小河八十次)

別紙 違反表<省略>

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